お盆が近づくと、毎年思い出すことがあります。
嫁ぎ先のお盆のこと。
義母や義父の初盆のこと。
家族で用意した霊供膳のこと。
当時はわからないまましていたことも、行事食を学ぶようになった今、あらためて見えてきたことがあります。
お盆の迎え方は、地域や宗派、ご家庭、そしてお世話になっているお寺によって、本当にさまざまです。
我が家で経験してきたお盆のことを、今の私が学んだこととともに、ここに残しておきたいと思います。

目次
盂蘭盆会とは
私たちが普段「お盆」と呼んでいる行事は、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と呼ばれる仏教行事です。
ご先祖さまや亡くなった方を偲び、供養する行事として、古くから大切に受け継がれてきました。
お盆の時期は地域によって異なり、7月に行う地域もあれば、8月に行う地域もあります。
また、盆棚や精霊棚を整えたり、キュウリやナスで精霊馬を作ったり、迎え火や送り火を焚いたりする風習もありますが、これらもすべての地域や宗派で同じように行うものではありません。
行事食について学ぶ中でも、お盆の迎え方やお供えは、地域や宗派、ご家庭、お世話になっているお寺によって異なることを教えていただきました。
私自身、実家と嫁ぎ先で、お盆の迎え方はまったく違いました。
義母がしてくれていた、嫁ぎ先のお盆
嫁いでからのお盆は、義母が準備をしてくれていました。
といっても、その頃の私は、お盆に何をどのように準備しているのか、ほとんど知りませんでした。
家族でお墓参りをして、仏壇に手を合わせに行く。
義父母や義兄家族と一緒に食事をする。
私にとっては、それがお盆でした。
義祖父母が亡くなった頃には、義母がいつもより丁寧にしつらえをしていた記憶があります。
その頃は娘も一緒に、できるお手伝いをしていました。
四十九日までお団子を供える時には、毎日ひとつずつ数を増やして持っていったことも覚えています。

「そうめんをお供えすると、この世では1本が、あの世では何百本にもなるんよ」
義母のそんな言葉も、よく思い出します。

けれど、どこまでがこの地域の習わしで、どこまでが我が家やお寺の習わしなのか。
当時の私は、何もわかっていませんでした。

義母を亡くして、初めて知ったこと
そんな私たちが、お盆のことをあらためて考えるようになったのは、義母が亡くなってからでした。
それまで当たり前のように義母がしてくれていたことを、今度は自分たちでしなければなりません。
ところが、いざ準備をしようとすると、わからないことばかりでした。
義兄夫婦と、
「もっと聞いておくんだったね」
と話したことを、今でもよく覚えています。
親戚の方や義母のお友達など、周りの方々に教えていただきながら、ひとつひとつ準備しました。
「無理をせず、できる範囲で。気持ちだけは込めよう」
家族でそう話しながら迎えた、義母の初盆でした。
義母の初盆。家族で準備したこと
この時に私たちがしたことも、我が家の記録として残しておこうと思います。
これは「お盆にはこうするもの」ということではなく、当時、親戚や義母のお友達などに教えていただきながら、嫁ぎ先で行ったものです。
13日までに、座敷の床の間に祭壇を用意しました。
生花には、義母が好きだったピンク色の花を。
迎え団子とそうめん、果物、季節の野菜、盆菓子などもお供えしました。
団子にはきな粉をかけ、そうめんも少しゆでて供えました。
果物や野菜は蓮の葉に盛り、野菜にはキュウリやナスも。
キュウリを馬、ナスを牛に見立てる精霊馬には、ご先祖さまに早く帰ってきていただき、帰りはゆっくりとお送りするという願いが込められていると教えていただきました。
そのほか、乾物や餅などを供えることや、朝顔の花を水花として供えることなども教えていただきましたが、用意できなかったものもありました。
すべてを揃えるのではなく、その時にできることをしました。

今読み返すと、あの頃の私は、
「次にわからなくならないように、きちんと残しておかなくては」
と思っていたのだろうと思います。

迎え火から送り火まで
13日の夕方には、家族で迎え火を。小さな素焼きの器におがらを焚いてお迎えしました。
14日、15日は、霊供膳やお茶を供えました。
そして15日の夕方には送り火を。
生花やお膳の料理、お供えしていたものなどをまとめ、家族で送り火を焚いた後、お寺の仏送りの場所へ持って行き、お線香をあげました。
最後に、床の間に出していたものを仏壇へ戻し、霊供膳の漆器などもきれいにしてしまいました。
初盆でしたので、提灯を出して供養もしました。
義兄家族と一緒に、周りの方々に教えていただきながら、できることをひとつずつ。
無事に終えた時には、不思議に心がすっきりしたことを覚えています。
「喜んでくれているかな」
そう思うことで、残された私たちの心も少し落ち着いたように思います。
義母の初盆に作った霊供膳
義母の初盆には、義兄が新しい本尊霊供膳と精霊霊供膳を用意してくれました。
料理は昆布だしを使い、義母が好きだったものを思いながら作りました。

この日に用意したのは、
白いごはん。
野菜の味噌汁。
梅干しと塩昆布。
揚げ出し豆腐と茄子。
トマトとオクラのお浸し。
義母が好きだったトマトも入れました。
特別に高価なものでも、難しい料理でもありません。
家にあるもの、いつも作っているような料理を、ひとつひとつ用意しました。
他の日には義姉が膳を作ってくれて、お茶も一緒にお供えしました。
義父の初盆。娘と作った霊供膳
その後、義父も旅立ち、義父の初盆を迎えました。
この時も、娘と一緒に霊供膳を作りました。
何を作ろうかと考えた時に思い浮かんだのが、お好み焼き。
義父は、我が家で作るお好み焼きをよく食べてくれていました。
そこで、肉や卵を使わずにお好み焼きを作り、野菜の揚げ浸しや湯葉煮、きゅうりの即席漬け、味噌汁、ごはんなどと一緒に盛りつけました。

そして、夫がお供えを。

「おじいちゃん、お好み焼き、好きだったね」
そんな話をしながら、いつもの料理を作って、小さく盛りつける。
特別な料理を用意するというより、大切な人が好きだったものを思い出しながら作ることで、不思議と心が落ち着きました。
行事食を学んだ今、あらためて思うこと
昔の私は、団子はいくつだったか、何を供えるのだったか、いつ何をするのだったかと、一生懸命覚えようとしていました。
義母に聞いておかなかったことを後悔していたからかもしれません。
けれど、行事食について学ぶようになった今は、もうひとつ大切なことがわかりました。
お盆の行事は、地域や宗派、ご家庭、お世話になっているお寺によって、本当にさまざまだということです。
「お盆には、こうしなければならない」
という、ひとつの決まりだけがあるわけではないのですね。
それぞれの地域やご家庭で大切にしてきたことがあり、わからないことがあれば、お世話になっているお寺に尋ねる。
それだけ覚えておくと、安心なのではと思うのです。
残された人の心を楽にしたい
娘がいつか、お盆の行事をすることになった時。
「これを全部しなければいけない」
と負担に思わないようにしたい。
昔から続いてきたことは伝えておきたいけれど、大切な人を思うための行事が、残された人の重荷にならないようにしたい。
いつか、私たちがあの世にお引っ越しをするときに、
残された人の心を楽にするために、今、私たちがしておくべきことは何かな。
そんなことを、いつも考えるようになりました。